保険屋時代 その3

2死骸あさり

ここで当時の業界用語(裏用語)について、少し書いておこう。保険の営業社員の用語に「社内営業」というものがある。社内営業という言葉だが、別に会社内の人たちに商品を販売するというわけではない。ハイエナやコバンザメのように、内勤社員からおこぼれを頂戴するわけである。

では保険外務社員の社内営業とは、どういったものだったのか? 社内営業には、主に2種類の方法があった。そのうちの一つは担当マネージャーに媚を売り、死骸漁りをすることだ。死骸を拾うことだって、立派な営業活動だったのである。

損保業界だけかもしれないが、辞めた外務社員が残した契約のことを死骸と呼んだ。また外務社員が会社を去るときは自分の契約を売ってからやめるのが常識で、だいたい収保額の1割くらいが販売額の相場だったように思う。

誰かが辞めれば真っ先に死骸にありつけるのは、一番実力がある社員だった。成績が上がらない社員には、手数料が少なく遠方の契約しか回ってこなかった。

だが社内営業の上手なやつはさらに巧妙な方法で、巧みにマネージャーにすり寄り、最もおいしい契約をものにした。

一本釣り

さらに巧妙な方法とは、一本釣りである。つまり大きな契約を、一本釣りするわけだ。

例えば、自分が懇意にしている銀行支店長と支店のマネージャーを取り持つことが専門の外務社員もいた。簡単な話、支店の数字がどうにも足りない時、銀行の支店長に耳打ちして銀行の火災保険を融通してもらうのである。

当時から住宅物件の長期火災などは、金額が大きいので一発で数字を埋めるために重宝されていた。そして銀行はといえば、その見返りに保険会社から通知預金を頂戴するという寸法だった。

そういった社内営業をする外務社員は、人けのない時にマネージャーからそっと呼ばれ、銀行から回ってきた火災保険の扱い者となるのである。長期火災の保険料は高額なので、かなり大きなリベートを得ることができた。1件で10万を超す手数料が動くことさえあった。

そして契約をまわしたマネージャーが、極秘で外務社員から接待で奢りを受けるというのが当時では主流だった。今ならば、こういった手法はかなり大きな問題だろう。だが当時は、常識として通用していたのである。

命がけだった生保レディー

先の記事でボクは生保レディーの枕営業について書いた。今では、とんでもないことかもしれないが、当時はやっている社員が少なからず居た。それほどまでに生保の世界は厳しく、彼女たちは命がけだったのである。

ボクが枕営業のことを知ったのは、一つのきっかけがあったからだ。

とある日、ボクは行きつけの喫茶店でお茶を飲んでいた。すると一人の中年女性がボクの隣に座ると、名刺を差し出して挨拶した。以前から見かける顔だったが、彼女は同じビル内にある大手生保会社のセールスレディーだった。

当時、損保会社の外務員と生保レディーが協力し合うことは多かった。ボクはその人から「一緒に組まへん?」と誘われ、互いにお客さんを紹介し合うことにした。

その人は当時業界のことに詳しく、ボクはいろいろなことを教えてもらった。枕営業のこともそうだった。

ある日のこと彼女が枕営業という言葉を口にしたとき、ボクは何のことですか?と尋ねた。すると彼女は「タカビーちゃん 枕営業も知らへんの?」と半ば呆れた顔でボクを見つめ、タバコに火をつけた。それから彼女は、懇切丁寧にそれがどういったものか説明してくれた。

「あんた 生保の社員がなんで女ばっかりなんか 知らんのん!」ポカンとするボクに彼女は次のように続けた。

「女の武器は色気なんよ それでお客さんを落とすわけよ」「契約の為にお客さんと寝る社員もいるのよ。もっともアタシはやったことないけど…」

何でも話を聞くと、生保レディーは契約がそこそこ取れるようになるまで、とにかく出費の連続なのだという。仕方なしに枕営業する人もいたのだろう。今思いつくだけでも、次のような出費があった。

・客への心づけ
・紹介手数料
・誕生日プレゼント
・成約お礼
・招待チケット
・販促品
・通信費
・衣装

当時、生保の支社に行って、ちょくちょく朝礼に出くわしたことがある。彼女たちが座るテーブルの上には所狭しと、いろいろな販促品が置かれてあった。また、共用の公衆電話があったことも思い出す。なんと営業で使う電話代まで自分持ちだった。

つまり営業に関するものは全て「自前」だったのである。そこにはキレイごとでは済まない、命がけの世界があったように思う。パトロンが居る社員さんもいた。

ボクは損保出身だが、生保に比べりゃまだまだ甘い世界だった。(続く)

※一連の記事は、ブログ「ギャンブル依存症克服への道」から抜粋した物です。

奥井 隆
奥井 隆
2 市民団体 ギャンブル依存症克服支援サイトSAGS 代表
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