パチ・スロと貧困 最終回

2カジノ解禁後 パチ・スロはどこへ?

さて、ここに居られるあなたは、これからカジノが解禁された後、市井に溢れるパチ屋に置かれているパチンコ機・パチスロ機がどうなっていくと、お考えだろうか?

まさか、どんどん撤去され消え去っていくと考えられているとも思えないが、意外と楽観的な方が多い。そういった方の考えとしてちょくちょく聞くのが、「カジノに客を奪われてパチンコ店が減る」という説である。

この説を唱えることは理解できる。何しろこの日本にとって、カジノというのは新規参入のバクチである。カジノはそもそもインバウンドを当て込んだ施設であるが、半分は邦人の利用を踏まえての計画だからだ。

だが、そこまでならば甘い考えだ。現実はもっともっと厳しい。

危機どころか 大きなビジネスチャンスのパチ業界

既にご存じの方も多いと思うが、今各パチンコ機パチスロ機メーカーはリゾート型遊戯施設(IR)への進出を目標に、そのノウハウを蓄積中である。

それはカジノ経営などのノウハウだけで無く、実際にカジノ内に設置するマシンの開発や仕様検討なども含まれているのである。わかりやすく書くと、カジノの中に置くパチ・スロ機のことを今から模索中なのだ。実際にプレス発表になっているモデルも存在する。

詳しくは書かないが、その演出やゲーム性は、本家の海外メーカーどころではない。つまり、「これまで以上にハマる可能性が大」のスペックなのである。しかも問題はそれだけでは無い。従来のカジノ内のマシンとパチ屋のマシンとでは、レートが桁外れに違うのである。

これから予想される地獄の図式とは、次のような物である。

“高レート化したカジノで高いスリルを味わった人たちが、再び快楽を求めて市中のパチ屋に戻ってくる”

しかも、カジノが解禁されても実際には解禁当初、施設数がかなり不足するといわれている。ひょっとしたらカジノは、沈没寸前のパチ業界のカンフル剤になるかも知れないのである。

有名無実の遊戯時間制限

現在、利用制限の案として出されているのが、遊戯時間の制限である。つまり、「日本国民に関しては、1週間のうち●日しかカジノを利用できない」といった制限方法といえる。だが少し考えてみれば、それが大甘の対策だと気付く。なぜなら、そこに「賭けのレート」というものが全く加味されていないからだ。

カジノという賭博場は、本来ならばレートの上限が無いに等しい。つまり、大きなレートでやるのならば、いくら時間を制限しようと、たったの1時間で全財産を溶かしてしまう可能性さえ有る。

そして遊戯時間制限で欲求を抑えきれなくなった依存症ギャンブラーたちが、次にどこへ向かうのか? このことについては、想像に難くないだろう。

貧困どころか 国が傾く

以前にも書いたが、カジノの中で1玉500円のパチンコやメダル1枚1000円のスロットなどが出現しないとも限らないのである。そんな高いレートに手を出したならば、依存症ギャンブラーが破滅する可能性は一気に加速する。

よしんば依存していなくとも、現在のパチ・スロ感覚で気軽に手を出した結果、コントロールできない人が増えることも予想される。そういったことを考えると、ますます依存の種がまき散らされるという不安が頭をもたげてくる。

もしもそうなったとしたら、これは貧困どころの話ではない。まさに国全体が傾くというレベルである。しかもそうなった場合、カジノが出来ても市中のパチンコ店は、一向に減らないかも知れないのである。

これは今までから何度も繰り返し述べてきたことだが、「賭け額に上限を設けることに反対する人たちは、大酒を呑んで暴れ回らないと酔った気がしない」と言っているに等しい。

もしくはそういった人たちはギャンブル関係者、もしくはギャンブル業界を某かの理由で擁護する必要がある人たちである。

究極のギャンブル依存症対策とは、実はギャンブル依存症対策ではない。「賭け額の上限を定める総量規制」という賭博制度の抜本的改革なのである。

それを拒絶し続けるのであれば、それは貧困どころか国をも傾けることになる。私はそうなることを憂慮せざるを得ないのだ。

奥井 隆(タカビー)