GOOGLE先生が 高齢者の値打ちを下げた

2必要な情報は どこにでも落ちている

ショッキングなタイトルだが、これは高齢者予備軍である私自身への戒めという意味もある。近年、年寄りの社会的地位が下がったのは間違いないことだろう。

その理由についてだが、ひとことで言うと、「誰でも容易に、情報を得ることができるようになった」からである。つまり、GOOGLEが年寄りの値打ちを下げたのである。

違う言葉でいうならば、知りたい情報はどこにでも落ちている。今の時代は、「持っている知識の量というよりは、いかにして必要な知識を得ることができるのか」という部分で、個人の能力が大きく評価される傾向がある。

とはいっても、「知識の吸収力 理解力 吐出力」は求められるので、このあたりは注意が必要だ。このあたりを磨くためには、サイトを読みあさるだけでは足りない。日頃から相手を意識して文章を書くことが必要である。

少々脱線したので話を元に戻すと、現代社会では、情報収集力とOUTPUT力の双方が必要なのである。ここであなたは既に、お気づきでは無いだろうか? これらはいずれも、歳を取るにつれ劣っていく能力だ。そう考えてみると、高齢者のYOUTUBERが少ないのは当然と言えるだろう。

YOUTUBERの多くは、どこかから知識を得て、それをOUTPUTしているだけである。ところが高齢者にとって一連の作業は、かなりハードルが高い。

「教えておじいさん」がなくなり

近年になって、歳を取るというのは殆ど何ごとにおいても「堕落」だと実感する。誤解が無いように申し上げておくが、ここでいう堕落とは何も酒やバクチに溺れて自堕落な生活を送るようになったという意味では無い。

堕落とは、「それまでできていたことが、ちゃんとできなくなる状態」を指す言葉とボクは捉えている。つまり歳を取ることで人間は殆どの場合、能力的に落ちていくのである。それは体力や気力の衰えだけではなく、他人の言うことに耳を貸さなかったり素直に謝れなかったりといったメンタル面でのことも含まれる。

一昔前なら、お年寄りは躊躇無く尊敬される存在であった。だが昨今は、誰もが平然と高齢者の悪口を口にする。そういった風潮に問題が無いとはいわないが、少なくとも昔に比べると高齢者は尊敬される存在で無くなってきている。

ここで、「歳を取ることで、積み重なっていく物も有るでしょう?」と仰る優しい方も多いことだろう。確かにその通りである。知識や経験などは生きている年月に比例して豊富になっていく類の物である。そういった意味で、この意見は正論と言えるだろう。

だがその知識や経験を、昨日や今日に仕事を始めたばかりの人が容易に得られるようになったとしたら、どうなるだろう? いや! 現代はそういった社会になってしまったのである。

ボクが昔見たアニメの「アルプスの少女ハイジ」は、なかなか心温まる物語だったが、オープニング曲で「教えておじいさん!」という歌詞の一節があった。今の時代では考えられないことである。

ディズニーアニメの元祖である「子鹿のバンビ」のテーマ曲でも、「みみずくおじさん いってたよ」という歌詞があり、ストーリーの中でも森の中では歳を取ったミミズクが長老として尊敬されている様が盛り込まれていたようにボクは記憶している。

しかしながら昨今では、あまり年寄りに物事を尋ねない風潮がある。その理由は明白で有る。年寄りに聞いても、役に立つ情報が得られないからだ。だからこそ、誰もがGOOGLE先生を頼るのである。(続く)