コントロール願望は誰でも持っている
さて昨日の記事で私は、「特に問題となるのは、魔法の質問まで行かない場合と、もう一つ、家族側に強力な否認が存在しているケースである」と書いた。そして肯定の回答を引き出すために「理論武装」までして相談に来られる方がトレンドであると。
今回書かせていただくのは、その強力な否認についてである。それは一言でいえば「たとえ無理であったとしても、ひたすら本人をコントロールしよう」とすることである。勿論だが、そこに諦めるという選択肢など存在しない。
だがそんなことは日常的に良くあることだ。例えば、子育てがそうだろう。
親というものは、とかく子供を叱りつけ自分の言うことを聞かせようとする。親の経験がある人ならば分かるだろうが、子供は本来より親のいうことを聞かないようにできているのである。
だが誰でも親になった瞬間、親としては初心者なのである。このことは歪めない事実だ。そしてもう一つ、親になった瞬間、人生史上最大の義務を背負うのである。
自分自身の反省でもあるが、人間という生き物は腹の奥底で誰かをコントロールしたいという願望を持っているように感じる。ある程度、仕方が無いことなのだろう。
別れという選択肢を持たない妻たち
ところが、そういった諦めの悪さが最悪の結果を生んでしまうことがある。依存症ギャンブラーの家族が顕著な例である。コンサルの結果、
別れるという選択が一番となったり
DV問題まで絡む状況が判明したり
家計が破綻寸前になっていたり
本人が失踪を繰り返していたり
本当に気の毒と思うが、依存症ギャンブラーの家族にとって悲惨なケースは多い。だが
「すぐに別れます」
「心の準備はできています」
「私も若くないので」
「我慢の限界です」
などとおっしゃっていても、経過を聞くと言い訳ばかりして結局別れることができない人が多い。別れることが唯一の選択であるとわかっていても、「別れ」がその人の頭の中にある「回答」ではないのである。
残念なことだが、そういった方の大半は依存症ギャンブラーの妻である。(続く)