環境保護活動は 不便とはかぎらない

2最近問われ始めた 地球規模の環境問題

日本の国内に目を向けると、環境問題というものは実際には1970年以前にも存在した。水俣にせよ八日市にせよ尼崎にせよ、大気汚染や水質汚染といった問題が実在し訴訟まで起きた。つまり我々の周りで起きる「実在する大きな問題」だったわけである。

それについての変遷について考えてみると「日本国内の問題」から「地球規模の問題」へと移り変わってきたという感がある。スケールが大きくなったせいか、その信憑性と真偽について理解するのが難しい。そこに各国やメディア、環境保護団体などの思惑が加わってくると一層問題はややこしくなってくる。

ただし一つだけいえることがある。それは地球の温暖化の真偽はともかく、もしも我々の生活が豊かになり、かつ有害な物質の削減につながるのであれば、そういった方法を積極的に取り入れた方が良いということである。日常生活が便利になるのなら尚更のことだろう。

まずは買い物カゴの復活から

そこまで便利なサービスでもないのに「タダでもらえる」というエサに釣られて広がったのがレジ袋だった。そして昨今の消費者は「自分でカゴや風呂敷を持参する」ことさえ忘れてしまったようである。

だがよく考えてみて欲しい。本当にレジ袋は便利なものだろうかと。先にも書いたがエコバッグやエコバスケットは、とても便利である。エコバスケットは言わずもがなだろうが、エコバッグについてはスーパーのショッピングバスケットと同じ大きさであれば、一層便利である。

レジで店員さんが商品を詰め込んでくれるので、自分で詰め替える必要すら無い。詰め替え台での面倒臭い作業から解放されるのは、とても気分が良くしかも環境に良いとなれば利用しない手はないだろう。

次の画像は、私の家で使用しているエコバッグとエコバスケットである。
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これらのバッグとバスケットがあれば、買い物が快適になること請け合いである。だが先に書かせていただいたとおり、普及率が伸び悩んでいる。

日本人の特性として「なかなか馴染まないが、ひとたび馴染むと少々のことではその習慣を捨てられない」というものがある。レジ袋など、その最たるものだろう。

必要ないレジ袋を貰って過去の習慣にすがるのであれば、そういった悪習を捨て去り新たな方法を模索すべきである。今こそ消費者はレジ袋を捨て、自分専用の買い物カゴを持参する勇気を持つべき時なのだ。

奥井 隆