パチ・スロの奴隷になる理由

2・パチ・スロは なぜ手を出しやすい?

ここでもう少しパチンコ・スロットの特徴について触れておきましょう。パチ・スロというギャンブルは、他のギャンブルと違って気軽な存在だといえます。それは何も駅前にあるからとかショッピングモールの近くにあるからとかいった立地上のことだけでなく、パチ・スロというギャンブルの性質によるものが大きいのです。

パチンコが昔から庶民に受け入れられてきたのは、100円から遊戯できるという気軽さと「打てば まあ1発や2発は入るだろう!」という気安さがあったと思います。元来パチンコはチューリップに入賞して賞玉が出るというスタイルでしたから、当たりへの敷居が低かったといえます。つまり昔は、玉が入賞すること自体が「当たり」だったのです。最近のパチンコ・スロットは、大当たりを抽選するという方式ですが、ギャンブルとしてはまだ「オケラで帰らねばならない」可能性が低いものといえます。

一方で、宝くじや競馬などの公営ギャンブルで当選させるのは難しいです。宝くじなんか、ハズレ覚悟で買っている人ばかりなのではないでしょうか? ですがパチンコの場合は、やれば少しは遊んで帰れるんじゃないかという期待感があるといえます。

宝くじが当たらない大きな理由として、当選確率の悪さというものがあります。1ユニットで1000万枚発行し、その中で1等になるのはわずかに1本。 まさに気の遠くなる確率です。  1等か前後賞に入賞する確率は、単純に考えても0.0000003パーセント。つまりおよそ333万分の1ということです。

しかも元から還元率が劇低なので、一層当たらなく感じます。最近の宝くじは還元率が下がっているので、1000円買った時点で既に630円負けているギャンブルでもあります。

さてその話は置いといて、宝くじがなかなか当たらないのは、何も大当り確率の悪さ・還元率の低さだけが原因でもありません。

宝くじが、なぜ当たらないのか? それは天文学的な大当たりの確率でありながら、たった1回しか抽選しないからだといえないでしょうか? 競馬にしたってそうです。賭け方にもよりますが、16頭立てとした場合に一番当たる可能性がある馬番で16分の1=6.25パーセント。3連単は3360通りですから、的中確率0.031%です。こういった確率の抽選が、たった1回だからこそ取れないのです。

ですがパチ・スロは違います。玉が入賞すれば1回の抽選、コインを3枚投入してレバーを叩けば1回の抽選なのです。パチ・スロは常に抽選が行われているので、あたかもよく当たるように見えます。だからこそ、「当たらないリスク」が少ないという錯覚に陥るのです。

ですが現実には、かなりカラい大当り確率ですし、それに見合う実入りが少ないといえます。 常に抽選しているということが、そういったことを感じさせない理由で、「パチ・スロは当たる」という盲信とカラクリの原点となっています。パチ・スロが気軽なのは、「まあ、1回くらいなら当たるだろう…」という錯覚が気休めになるからだといえます。

・パチ・スロは お金を吸い取るだけではない

しかもそればかりではありません。パチ・スロの特徴として大きいのは、「お金と共に多くの時間を奪い去る」ということなのです。だからパチンコ店の駐車場に幼児を乗せた車を置き去りにして熱中症で死なせてしまったり育児を放棄したり、といった事件・問題が後を絶たないのです。

また、多くの自営業主や会社員・学生・主婦が仕事や学業・家事をサボって毎日通ったりするのも、パチ・スロが時間を奪うことと因果関係があります。私はこれまでに何度か「パチンコの奴隷」という言葉を聞きましたが、それは何も依存してお金を貢ぎ続けるということだけでなく、時間までをも支配されてしまうということに他なりません。

先にも書きましたように、パチ・スロは「プレイする時間に比例して投資額が膨れあがるギャンブル」ですから、パチンコ機メーカーやホール側はあの手この手で客を台の前に座らせ続けようとしているのです。だからこそ、パチ・スロへの依存というのは他のギャンブルと違った依存の形態を持っているのです。

よく考えてみれば、時間を奪われるというのはお金を失うことと同じくらい深刻なことです。そういった観点からすると、パチ・スロに依存すると次のような問題が生じるのも頷けます。

  • 勤務怠慢
  • 家事放棄
  • 育児放棄
  • 留年や退学
  • 人間関係の喪失
  • 家庭崩壊

私も経験ありますが、パチ・スロに依存すると人間関係やつきあいに使うお金と時間が勿体なく感じられます。「そんな金と暇があるのなら、今日狙いの123番台を打ちに行こう!」などと考えてしまうのです。実際私は、パチンコ店に居ない時間帯というものが恨めしく勿体なくて仕方ありませんでした。お金にしても、パチ・スロに使うお金を微塵も惜しいと思ったことはありませんでした。いずれ何倍かになって戻ってくるお金だと、錯覚していたのです。

当時私がつきあっていたプロたちも、同じような考えの人が多かったです。私もそうでしたが彼らは昼飯を食べる時間さえ惜しんで、リールを回し続けました。昼食に時間を取りお金を使うのであれば、それを我慢してマシンを回すことの方がよほど大切だと考えていた節があります。まさにパチスロの奴隷です。

気軽に手を出したものの、洗脳されて時間を奪われて奴隷にされてしまうというのが、パチ・スロ依存の大きな特徴といえるのです。(続く)