呟きは 突っ込みさせないコミュニケーション

2逃げ場を残すためのコミュニケーション術

近年のコミュニケーションの特徴は、「いかにして、突っ込まれないようにするか」というのが大きな課題だと感じる。それはメディアの前で喋る人の言葉を聞いても分かるし、SNSの利用者たちを見てもよく分かる。

現代は、悪い噂が早く拡散する時代である。それと同時に、人の過ちや落ち度が巧妙かつ的確に叩かれやすい時代である。殆どの場合、そういった状況に陥った人たちは謝罪するしか方法がない。抵抗を試みる人もいるが、たいていはたたき落とされているのが現状だ。

つまり、安易に意見を発することができない時代なのだ。私もそうだが、某かのメディアで発言するときに、グッと身構える人が多いのはよく理解できる。簡単な気持ちで発言すると、後々とんだしっぺ返しを喰らうのである。

だからこそ、人々は言葉を選んで発言するし、できる限り責任を持たされるような形式での発言を控えることになってしまう。スポーツ選手達はマイクを向けられると、まず「そうですね」と一呼吸置くことが多い。公式の発言と私的なコメントを使い分ける人も多くなった。

そういった「突っ込み」への不安に対する一種独特の防衛策が、言葉のお公家さん化である。ここでいうお公家さんというのは、政治家や公務員たちのことである。彼らは通常、逃げ道の無い発言はしない。

「精査いたします」
「鑑みて」
「…たいと考えます」
「…たいと思います」
「…ではないかな、と」

近年の流行りは、最後まで自分の意見を述べず一文を完結させないという手法である。

「ではないかなと…」
「ということも…」

言葉を終結させない卑怯な発言が多い。これは、国営に近い放送局のアナウンサーでも良く見られる現象である。断定に近い発言をするとキツく思われる部分をぼやかしたり、自分の逃げ場を確保したり、柔らかさをアピールしたりと、実に巧妙な使い分けがなされている。

だが公家言葉が苦手な人たちは他の手段を使わざるを得ない。その一つがSNSであり、呟きなのだ。(続く)

 

奥井 隆
奥井 隆
2 市民団体 ギャンブル依存症克服支援サイトSAGS 代表
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