パチ・スロと貧困 その3

2パチ・スロは レートを選べないバクチ

前回の記事で私は、「感情を押し殺し勝ちや負けにとらわれず、かつ一定の投資額でやめることができる」というような人間は「賭博場では殆ど見かけないタイプの人」と書いた。

つまり、「ギャンブルという遊びの元では誰もがアツくなり、冷静に遊べる人など居ないんだよ」という理屈である。だがこの理論には重大な見落としが一つ存在する。では見落としとは何か? それは「日本におけるギャンブルの多くが、プレイヤーが自らレートを選べないシステムになっていること」である。

例えば日本におけるパチ・スロのことを考えてみよう。パチ・スロにはいわゆるレートという物が存在しない。つまりプレイヤーは自らがプレイする時のレートを選ぶことができないのである。現在、パチ屋でプレイヤーが選択できるのは、以下の2つだけである。

・プレイする機械(台)
・プレイする時間

貸し玉1球2.5円コイン1枚20円というのは、現在のパチ・スロにおける最大のレートである。ただし、このレートはかなり昔から変わっておらず不文律だった。

語弊がないよう補足しておくと、私が最初にこの記事を書いた時期には現在のように「1パチ」や「5スロ」など存在しなかった。

現在では少し事情が異なってきているが、1パチや5スロを選択して遊戯している人の方が、生活に支障を来す可能性が低いのは自明の理である。そして多くの場合、パチンコ依存・スロット依存の人が低レートのパチ・スロをすることは少ないといえる。

レートを選んで遊戯できる人と選べずに遊戯する人、どちらのハマり方が酷いかと問われれば、当然ながら後者だろう。

現代の日本でここまでパチンコとスロットの依存が蔓延し、かつ貧困にまでかかわっている理由の一つは、「それらが、レートを選べないギャンブルだった」ことなのである。(続く)